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「愚陀佛庵」のほととぎす

松山へ行く機会があったので、愚陀佛庵に寄った。
恥ずかしながら、この年になって初めての体験だ。

官公庁のちかくとは思われない、ひっそりとした佇まいである。

いわずとしれた、漱石と子規の50日間の住処である。
2階が漱石、1階が子規の部屋だったそうだ。

私たちは、子規の俳句の掛け軸がある、その1階で
裏千家のお手前をいただいた。

花は、「ほととぎす」。

香炉はわらを小山にかたどった、ほんの小さなつくり。

季節に身をゆだね、心を静かに落ちつかせることのできる
このおもてなし。

居てもいいし、居なくてもいい。

ちょうどいい加減が堪能できる。
ただ、それは、こちら側の修練も必要なのだね。

ひるがえって、われわれの日常のテクノロジーはどうであろうか?
レコメンドというのは、ちょっと程遠い。

まだまだだなという感慨である。

あの狭い空間に「秋」を感じた気持ちには。


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出力について。

実は、昨今の不景気の中、売り上げを伸ばしているものがあるという。
それは、ボールペンだそうだ。
昨年対比110%程度の売り上げをあげているらしい。

これはすごいことである。
ある部分の人が勉強しているということだ。

しかも、ただ、本を読むなどの勉強なら、ボールペンは使わないのだだから
つまり、「出力」しているということだ。

学んだこと、考えたことを、メモ書きする。まとめる。企画書をつくるなど
アウトプットしているんですね。

脳の中は、側頭葉で物事を入力し、前頭葉で出力するようです。

そして、この側頭葉と前頭葉はつながっていない。
脳にも、容量に限界があるためです。
だから、脳の中で完結はできない。
つまり、学んだことや、考えていることを一旦、「出力」してみることが
大切だということです。

書いてみることで、考えなどがまとまるかもしれませんね。

ちなみに私は、0.7mmのドローウィング用のシャープペンシルを使ってます。

「絆」をめぐる物語

近々、「流星の絆」というドラマが始まる。
いわずと知れた東野圭吾さんのベストセラーが原作である。
しかし、私はその原作を、まだ読んでなかった。
すごくタイトルには惹かれていたのに・・・。

理由はわかっている。
私は、この手の小説にはめっぽう弱いからだ。

天道荒太さんの「永遠の仔」を読んだときの
あの、ある種の苦しさをまた体験するのか
という思いが、心をよぎった。

子供たちが、心を寄せ合い生き抜いていく。
普通に、幸せに育った人たちにはわからないであろう
その道のりは険しい。

そんな思いで、少し避けていたわけだが
一昨日、ついに、買い求め一日で読んでしまった。

そして、最後で泣いた。

ドラマは、この胸の苦しさを表現できるのであろうか?
そうであることを望みたい。

実の兄妹でない人間までも
「絆」は結びつけたのだから・・・。



バート・バカラック物語


少し時間がたちましたが、東京フォーラムにバート・バカラックを楽しんできました。

80歳(なんと?!)の年齢にもかかわらず、数々のヒット曲を演奏してくれました。
その中で、私がとりわけうれしかったのは、「雨にぬれても」でした。

この曲を聞くと中学時代が思い起こされてきます。
それは、入学と同時に友人に誘われて、なんとなく覗いた、吹奏楽部(ブラスバンド部)の話です。
「キミは手が長そうだから、トロンボーンをやってくれないか。」
友人の担任でもあった、吹奏楽部の先生からそう言われて
私の音楽のある暮らしは始まりました。

田舎の農家の長男にうまれた私には、それまで、テレビから流れ歌謡曲くらいしか体験したこともなく
いわゆる洋楽などというものには、触れる機会もなかったのです。

長く、苦しいマウスピースだけのロングトーンの練習がしばらくは続きましたが
それも、今になっては楽しい思い出です。

そしてやっと譜面を見て演奏ができたときには感激でした。

担任の先生は、こ難しいいわゆるクラシック系も、たまには教えてくれましたが
年齢も若かったこともあり
あのころの、アメリカンヒット曲が演奏できたってわけです。
「サン・ホセへの道」「アルフィ」など。

甘酸っぱい思い出ですね。

それが、ポピュラーミュージックとの出会いでした。

それから高校と続き、大学でジャズのビッグバンドにはいるわけですが
やはり、私の今の音楽の原点は、バカラックですね。

「20歳の老人と80歳の青年」といったのは
有名なジャズトランペッターですが
バカラックこそが、永遠の青年です。
あんな80歳になりたい。とあの夜思ったのは
私だけではないでしょう。

あの日、あの会場に来たすべての人に
音楽の楽しみだけでなく
枯れないダンディズムを刻み込んだ
バカラックに感謝を。

「その名にちなんで」からインドに想いをはせて


夫(アショケ)のために、インドからアメリカへ渡った妻(アシマ)の半生の物語である「その名にちなんで」を見た。
自分の息子につけた名前にテーマをもたせ、その息子が、年齢を経るにしたがって揺れ動く、祖国への想いを、母のまなざしで切なくも、きめ細やかに描いた作品だ。
特に、父の急死に接したときの息子の変貌は、私としても少し身にしみる。
そして、その息子の父とは、アシマにとっては、まちがいなく夫なのだ。
アメリカへ渡ってから二人だけの戦友なのだ。
その戦友を失ったアシマは、やがてインドへ帰る決心をする。
本当に、全編を通して、とうとうと流れる大河のような物語である。

翻って、現実の世界で読んだ、榊原さんの著書によると、ヒンドゥー経では、人生を「学生期」「家長期」「林住期」「遊行期」の4つに分けるという。
(家族のために生きた「家長期」を終えたアシマは、インドへ帰り自分自身のために「林住期」を生きようとする。)
そうした思想を反映しているのか、インドでは、企業の取締役会を構成している人は、60から70代の方たちが主である。
そして、その方たちは堅実で、質素である。かなりの資産家なのだが。
インドではその資産家が慈善事業をすることは、珍しくない。
最近、その昔植民地にさせられていた先のイギリスのジャガーを買収し、驚きの価格、30万円の新車を発表した、タタグループも持ち株会社の70%は財団所有だが、財団は株式の配当すべてを慈善活動に振り向けている。
そのようなメンタリティと今のインドの繁栄は深く関連していると思う。

今、インドは中国と主に、アジアのマーケットをリードしているといっても過言ではない。
私は、「その名にちなんで」を見終わった後、東京の空の下で、四国愛媛のふるさとを想った。
日本人は、もっと外に出て、外から日本を考えなければいけないかもしれない。日本は、あまりに居心地のいい国になりすぎた。日本人は、この国の中だけでぼんやり暮らすことの麻痺してしまった。
地球を半周する飛行機に乗って、家族や友達とわかれ、異国の地で出産し、子供を育てたアシマは、25年間インドが恋しかった。

その名にちなんで

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